新・冒険論

冒険には必ずと言ってもいいほど「リスク」がつきものである。そのリスクを受け入れながら、新しいこと、あるいは独創的なことに挑むことは登山にしても、普段の仕事にしても変わりない(もちろん程度の違いはあるのだが)。

本書はチベット峡谷踏破や北極圏の80日間の極夜行など誰もが思いつかなかった冒険を行ってきた著者が冒険の本質について取り上げている。

第一章「本多勝一の冒険論」
ジャーナリストの本多勝一は時事的なことで有名かもしれないのだが、実は京都大学にて日本で初めて「探検部」を創設した一人である。民族的な観点から「冒険」についても取り上げており、実際に探検も数多く行ってきた人物である。その本多勝一の冒険論とは何か、そして自分の冒険論とどのような違いがあるのかを取り上げている。

第二章「脱システムとしての冒険」
エベレスト登山は「冒険」の一種とされてきたのだが、もっとも登頂自体もここ最近では易化されてきている。その理由としてはある程度のマニュアルが完成しており、登頂としてのセオリーができているためである。もちろんそれができるまでは冒険の連続であるのだが、ある程度システム化された冒険から脱して、あらたな冒険に挑むこともまた大切であると著者は指摘している。

第三章「脱システムの難しさ」
もっとも冒険にしても時代とともにできる範囲も限られてきている。登山にしても未踏の山も数えられるほどでしかなく、なおかつ新しい概念の冒険にしても、すでに行われている事例も出てきており、「誰も行っていない」を探すことが難しくなっているほどである。また技術やシステム面の進化もめざましく、その影響により冒険の幅が狭まっていることも本章にて指摘している。

第四章「現代における脱システムの実例」
現代において、よくあるシステムの冒険から脱した冒険を行った方々は著者以外にも何人かいるという。その中でも北極点到達やサバイバル登山などどのような人がどのような冒険を行ってきたのかを取り上げているのが本章である。

第五章「冒険と自由」
冒険にも色々な種類があり、なおかつ「自由」である。その自由はどこにあり、なおかつ倫理性はどのようであるのか、また冒険にはどのような社会的価値を見いだしているのかなどを取り上げている。

冒険は常にリスクがつきものであり、かつロマン溢れるものである。しかしながら今日では確かに「冒険」と呼ばれるような要素は少なくなりつつあると言える。とはいえ登山にしても、サバイバルにしても、仕事にしても冒険的な側面があり、その側面について新しい切り口で考察を行った一冊が本書と言える。

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