本書を読んでいくと、「もうそんな時代なのか」と思ってしまう。2010年代が終わり、2020年代に入ってきたのだが、こういうときだからでこそ「2010年代はどのような年だったのか?」を振り返るというものである。とはいえど、複雑な要因もあるため、検証自体も時間がかかり、なおかつありとあらゆる角度から考察を行う必要があるため、一概には言えない。しかし本書では「文化」、それも映像や歌などの「ポップ・カルチャー」と呼ばれる所においての「2010年代」を振り返っている。
第1章「レディー・ガガとピッチフォークの時代」
2010年代を象徴する歌手は多くいるかもしれないのだが、多数派としてはおそらく「レディー・ガガ」を挙げるだろう。歌はもちろんのことパフォーマンスの面でのインパクトが非常に強く、話題になったことが数知れずである。歌やファッションはもちろんのこと、2010年代半ばになってくると、今度は女優にまで進出し、成功を収めている。
そのレディー・ガガが音楽面においてどのような改革をもたらしたのか、そのことについて取り上げている。
第2章「ラップミュージックはどうして世界を制覇したのか」
ラップ自体は1960年代あたりからずっとあり、日本でもいとうせいこうらが1980年代にて試み、現在では広がりを見せている。特にこの秋にアニメ放送され、現在ではライブで大好評を得ている「ヒプノシスマイク」が顕著な事例である。
本章では2010年代におけるラップミュージックはどのような変化をし、なおかつ世界を席巻したのかについて考察を行っているが、ラップについて研究している方でないとついて行けない領域である。
第3章「スポティファイとライブ・ネイション――民主化と寡占化」
スポティファイ(Spotify)は言うまでも無く、世界最大の音楽配信サービスであり、世界でも2億3000万人以上もいるという。一方の「ライブ・ネイション(Live Nation)」は音楽イベントのプロモーター会社であるが、世界的な音楽イベントの多くがライブ・ネイションによって手がけているのだという。いずれも寡占化の中で、独占までとは行かないものの、圧倒的なシェアを誇っており、それが日本における音楽界の「ガラパゴス化」にどう影響を与えているのかを取り上げている。
第4章「ネットフリックス至上主義/市場主義」
ここ最近では新型コロナウイルスの影響により、「STAY HOME」と称して、休日も家にいる方も少なくない。その中で動画を観る方も少なくなく、中にはNetflixのように有料の動画配信サービスに加入し、独自配信を観る方も多い。有料の動画配信サービスの中で世界的なシェアが最も多いところとして「Netflix(ネットフリックス)」が挙げられる。そのNetflixがいかにしてシェアを大きくしていったのか、そこにはNetflixならではの「独自性」があった。
第5章「MCU――ポスト・インターネット時代の社会批評」
ここ最近では「マーベル(MARVEL)」を聞くことも多くなった。実際に映画にしても、ドラマにしても有名であり、とくに映画においてはスター・ウォーズシリーズを抜き世界第一位の興行収入を得ていると言われる。元々は「マーベル・コミック」を実写映画化し、クロスオーバーの展開をもたらすといった要素が強いが、実際にはマーベルコミックシリーズというかたちで異なる物語ながらも一つの物語「群」としての展開を持たせるところに魅力を持たせている。
第6章「『ゲーム・オブ・スローンズ』――ポピュリズムと分断の時代」
おそらく2010年代で最もヒットしたテレビドラマシリーズと言えばという質問には、おそらく「ゲーム・オブ・スローンズ」を答える方が多くいるかもしれない。アメリカが製作しているが、撮影の舞台は本当の意味で「世界各国」で撮影されており、色々な意味でスケールの大きい作品だという。日本でもテレビ放送はされていたが、最近ではネット配信もされており、根強い人気があるという。
本書で紹介されているものはいずれも2010年代に大ヒットしたものが多くある。改めて考えると2010年代のカルチャーは映像・音楽など様々な面で大きな「変化」を遂げてきた時代とも言える。その変化は前々からあったのだが、その変化が顕著になって表れたとも言える。そういった印象が本書を読んで強く思った。
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