タンゴと日本人

「タンゴ」はポルトガルやスペインなどの「イベリア半島」にて発祥した舞曲のリズムであるのだが、日本では主に「社交ダンス」にて取り上げられることが多い。演奏形態も異なるとは言え、多岐にわたる進化を遂げて、日本にやってきて、定着していったのだが、そもそもタンゴの起源から、日本へ伝来した経緯、さらには日本においてタンゴを発展させた人物について取り上げているのが本書である。

第1章「タンゴの起源と日本への到来」
冒頭でも述べたようにタンゴはイベリア半島にて発祥したが、これにも諸説があり、本章では19世紀にキューバなどの中央カリブから南アメリカ、そしてアフリカへと渡ってきた説を展開しつつ、そこからヨーロッパに進出し日本に渡来したことについて取り上げている。

第2章「日本のタンゴを育てた場所と仕組み」
タンゴというと社交ダンスのイメージが根強いのだが、その社交ダンスを行う際の「ダンスホール」ができた歴史についても本章にて取り上げている。そのきっかけとしては「文明開化」が挙げられる。

第3章「日本のタンゴの発展を牽引した仕事人たち」
日本にタンゴが渡来しても、そこから発展しなければ意味がない。その発展のために尽力された方々が何人もいるのだが、本章ではそのタンゴを認知させ、さらに日本としてのタンゴを発展させた功労者たちを取り上げている。

第4章「タンゴと日本の歌謡曲」
タンゴと歌謡曲との接点は、一見ないように見えてある。特にヒット曲で言うと、戦前と戦後から間もないあたりの時にヒット曲が生まれた。戦前で言うと「上海帰りのリル」、戦前に発売され、戦後に認知された「夜のプラットホーム」、さらに戦後で出たものとしては「別れの一本杉」や「有楽町で逢いましょう」などもタンゴからきているという。

第5章「これでよかったのか、日本人のタンゴの愛し方」
しかしタンゴ自体日本では認知されていたのだが、日本では独特の愛し方をしていたために、ある種のガラパゴスと化していたという。その理由として日本発のタンゴの歌が世界的に知られている曲が全くないためだと著者は指摘している。

タンゴは私自身も知っているのだが、実際にタンゴの発展が文明開化と重なり、なおかつ戦前・戦後と大きくタンゴの文化を発展されたと言える。アメリカ・ヨーロッパから伝わってきたタンゴの文化は今、間違いなく日本に根付いている。

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