本書は色々な意味で大人気である「朝日新聞」の「ことばの広場」と呼ばれるコラムを書籍化した一冊である。新聞記事は毎日のように作られるのだが、単純に記事を書くだけでなく、日本語として間違っていないか、文章構成は大丈夫かといった「校閲」を行う方々もいる。本書は朝日新聞の「校閲」を行う「校閲センター」の方々が日本語の悩みについて週に一度「ことばの広場」というコラムで明かしている。
1.「覚え違いしていませんか? ことばづかいの死角」
私自身もブログなど文章を数多く書いており、既に本何冊(もしくは十数冊)ほど書けるほどの量の文章であるのだが、書く度に「この文章はおかしいか?」「日本語として間違っていないか?」といった不安に陥ることも数多くある。単なる誤字であればすぐ直すのだが、日本語として意味がおかしい場合はひとまず辞書で調べることが多い。そのためか最も繰り返して読んでいるのが国語辞典という始末である。
私事はさておき、言葉づかいにしても普段の会話や文章からして「おかしい」「間違っている」ことが跋扈している。そのような言葉づかいの誤りや覚え違いについて本章にて指摘している。
2.「どう書く? どう読む? 迷ってしまうことば対策」
読み方にしても、書き方にしても迷ってしまうことはけっこうある。しかも迷う読み方や書き方の中には「慣用」なるものもあり、両方とも同じ意味になるケースも存在する。それは新聞社にして見れば私のようないちブロガーの何百~何千倍も実感してしまうところであるという。
3.「ほんとうの意味は? 字源・語源がおもしろい」
日本語には前章までの難しさもある一方で、語源や字源を追っていくと「面白さ」も存在する。そのためか私自身、語源を追いかけるだけでも、日本語の奥深さが見えることができ、それがあたかも「かっぱえびせん」のようなことにもなる。
4.「進化、それとも突然変異? 激動することばたち」
今も昔も「日本語の乱れ」と言ったことばが出てくるのだが、言語学の重鎮・金田一秀穂の父である金田一春彦はその乱れについて異を唱えたことは有名な話である。
もっとも私も日本語には「変化」があり、「慣用」もまた日本語の変化によって作られた産物であると考えている。その日本語の変化は時代と共に緩やかであったものもあれば、突然変異として出てきたものもある。
5.「さらに磨きたい! 日本語感覚」
日本語は奥が深い。語源や意味を調べるだけでも、それぞれのことばを知ることができ、なおかつ表現にしても細やかに表すことができる。その一方で難しさもあるのだが、日本語の感覚は一生かけて磨き続ける必要がある。
本書の著者の方々と同じく、私自身も日本語で悩むことが多々ある。日本語にも多かれ少なかれ変化があり、変化に対応すること、そして日本語としての源とは何か、「正しさ」とは何か、それらを考える日々は今も、そしてこれからも続く。
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