決意とリボン


元々著者はコピーライターとして活躍し、その後小説家・エッセイストとして多くの著書を世に送り出すなどの活躍を果たした。そのほかにもコメンテーター活動も含めてテレビにも出演しており、まさに「引っ張りだこ」と呼ばれる作家の一人として挙げられている。

その引っ張りだこの作家として挙げられている。その作家が政治に関すること、テレビに関すること、テレビの中でも出演しての裏側と視聴しての雑感など両方の側面を持っている。ほかにもブランドやショッピングにもこだわりを持っており、それについてもエッセイの形式にて言及している。

本書のタイトルである「決意とリボン」とはどのようなものなのか、本書を読み進めてみると、作家としての決意なのか、一人の女性としての決意なのかはあまり伝わってこなかった。おそらく週刊文春の連載の中で取りまとめた中で、様々な決意をしたこと、そしてリボンに関することを言及していたことからこのようなタイトルになったのではないかと推察する。

大統領を殺す国 韓国


物々しいタイトルであるが強ち嘘ではない。その嘘ではない理由として前の大統領である李明博以前からずっと自殺をしたり、あるいは様々な嫌疑をかけられ逮捕されたりするなど、悲惨な人生を歩んでいる。「殺す」という言葉には物理的な意味もあるのだが、バッシングにより自殺に追い込まれる、名誉が傷つくというような意味合いも含まれている。

第1章「国民からソッポを向かれた「建国の父」李承晩」
韓国(正式には「大韓民国」)を建国した際の大統領は李承晩(イ・スンマン)であるが、元々三・一独立運動をはじめとした独立運動に参加したことから大統領となったのだが、大統領になってからは経済などの政治活動はほとんど振るわず、今日でも韓国では評価は低い。もっと言うと学生革命によって政権は倒され、最終的にアメリカに亡命した。

第2章「側近に暗殺された「開発独裁」朴正煕」
現在の大統領である朴槿恵の父である朴正煕(パク・チョンヒ)は、タイトルにある通り「開発独裁」として有名である一方で、「韓国近代化の父」としても有名である。しかし長らく政権を担い、強硬策を実行するなど、国民の不満も少なからず存在したために、腹心(しかも同郷で士官学校の同期生だった)に暗殺されるという結末だった。

第3章「軍部から担がれた「不正蓄財王」全斗煥」
朴正煕の次の大統領の在任時に、軍事クーデターを起こし、軍部から担がれた大統領として全斗煥(チョン・ドファン)がいる。このことを聞くと軍部の傀儡となったように見える。しかし完全に傀儡となったわけではなく、日米韓の三国の同盟を結び、日本からの資金援助を受けることで、政治・経済の安定化に成功した功績がある。しかしながら軍事政権だったことから民主的ではなく、国民からは投票による大統領選任を求めてデモが広がっていった。そのデモがやがて「光州事件」という韓国史上最悪の事件が発生した。
また全斗煥はタイトルにもあるように財閥からお金を巻き上げ、蓄財したことから指している。そのお金は全斗煥、そしてその一族のポケットマネーとして使われている疑いがあり、今日でも国会にて追及されているという。

第4章「直接選挙で選ばれた「半軍半民政権」盧泰愚」
民主化の声でようやく直接選挙が行われ、選ばれた大統領として盧泰愚(ノ・テウ)がいる。しかし完全に民主化されたわけではなく、「半軍半民」と呼ばれるいびつな形の政権だった。盧泰愚はソウルオリンピックを全うし、任期満了とともに退任となったが、そののち、全斗煥と同じく不正蓄財で追及されることとなった。

第5章「民主化政権へのクッションとなった「文民政権」金泳三」
金泳三(キム・ヨンサム)はポスト盧泰愚として担がれた候補で、後の大統領となる金大中を大統領選挙にて大差で破り大統領となった。しかし大統領になった時から韓国の経済は下り坂を迎える。日本でもバブル崩壊に伴う「失われた10年(ないし20年)」と呼ばれるような時代に突入し、1997年にアジア通貨危機が発生し、失脚となった。効果的な経済政策が行われず、なおかつ金泳三自身が「瞬間湯沸かし器」と形容されるほど短気な性格が災いし、今日でも韓国では評価が低いという。

第6章「野心が実を結んだ念願の「民主政権」金大中」
その金泳三のライバルであり、次の大統領となったのが金大中(キム・デジュン)である。2000年に「南北首脳会談」と実現し、南北朝鮮の統一に向けての第一歩を進めることができた人物として挙げられるが、大統領になるまでは二度の死刑判決を受けるなど辛酸を舐め続けた人物だった。その舐めた辛酸が実を結び、大統領となった。金泳三時代に起こったアジア通貨危機から脱却し、日本文化を取り入れ、さらには韓国の文化を輸出するようになり、経済の安定化に努めるようになっていった。しかし政権末期には息子のスキャンダルが噴出し、マスコミとの戦いとなっていった。

第7章「ネット市民に支持された「悲劇の大統領」廬武鉉」
金大中の後任の大統領となった廬武鉉(ノ・ムヒョン)は元々国民の知名度も低かった。しかしネット市民に支持され、国民に身近な大統領となるように努めたのだが、2004年に弾劾訴追をかけられ、職務を一時停止する羽目になったのだが、それがネット市民の心に火をつけ、支持基盤が出来上がるような形となった。しかし大統領退任後、スキャンダルが次々と取り上げられ、自宅の裏山にある崖から飛び降り自殺をし、逝去した。

第8章「追い詰められて暴発した「経済大統領」李明博」
金大中・廬武鉉と続いた政権から対立していた党から李明博(イ・ミョンバク)が新たに大統領として就任した。経済に強く精通していたことから「経済大統領」として担がれたのだが、まともな経済政策を出すことができず、国民の期待を裏切ることとなった。また李明博は韓国大統領として初めて日本の出身の大統領である(以前の大統領はいずれも日本統治時代含む朝鮮半島出身)。そのことから日本の考え方も持ち合わせ日本と良好な関係を築こうとしたのだが、それもうまくいかなかったという。

第9章「父親の血が後押しした「女性大統領」朴槿恵」
朴正煕の娘である朴槿恵が大統領になったのは2012年、現在も大統領を務めているのだが、「朴正煕の娘」であるが故の呪縛によって、外交・経済にてこじれる場面も多く見られている。現時点でスキャンダルなどの疑惑はないのだが、今までの大統領の傾向からしてスキャンダルが出る可能性は否めない。

第10章「韓国大統領はなぜ殺されるのか」
そもそもなぜ大統領が退任するとスキャンダルや疑惑が噴出し、失脚、最悪自殺まで追い込まれるようなことになるのか、そこには韓国にある「大統領制」であるが故の理由があるという。

私自身も、ニュースを常に見ていて不思議に思った。大統領が退任した後になぜスキャンダルが出てくるのか、そしてそれで大統領としての評価がガタ落ちになってしまうのか。その疑問が本書にて払拭されたといえる。

泣いたの、バレた?


本書は2013年5月~2014年5月に「週刊現代」で連載されていたエッセイを収録されたエッセイ集である。この時代は安藤美姫もあれば、紅白歌合戦、三陸鉄道、ソチオリンピックなどの時事的な出来事もあれば、著者の普段の生活の中で思ったこと、感じたことを取り上げている。

テレビのこと、お芝居のこと、旅行のこと、仕事のことなどありとあらゆることすべて裾野を広げると幅広いのだが、一つ一つ著者ならではの気付きや考えがよくわかる。

その中でメインとなっているのが「涙」。「涙」を流すことは老若男女問わずにあるのだが、ニュース、体験談などで出てきた「涙」の理由についても著者の観点から紐解いている。もちろん涙は感動すること、悲しいこと、悔しいことなどに流すようなものだが、それぞれの状況に応じて流す量・質も変わってくる。それについても本書に言及されている。著者のアンテナの高さ・広さによって描かれたエッセイ集と言っても過言ではないのが本書であるとも言える。

プラグマティズム―限りなき探究


プラグマティズムとは、

「実用主義、道具主義、実際主義とも訳される考え方」Wikipediaより)

とある。理想と相対し、現実的な見方のようにも見える。しかし本当のところプラグマティズムとはどのように定義されているのか、そして今日までどのような論争が行われてきたのか、本書はそのことについて取り上げている。

第一講義「ウィリアム・ジェイムズの不滅性」
ウィリアムズ・ジェイムズはアメリカの哲学者・心理学者で、「意識の流れ」を提唱した人物として知られており、「プラグマティズム」を提唱した代表的人物として挙げられる。そのためプラグマティズムを論じるにウィリアムズ・ジェイムズを取り上げる必要があるという。この講義でもウィリアムズ・ジェイムズの生涯と思想、そしてなぜプラグマティズムの代表格に至ったかを取り上げている。

第二講義「ヴィットゲンシュタインはプラグマティストか?」
オーストリアに生まれ、イギリスで言語哲学・分析哲学を提唱したルートヴィヒ・ヴィットゲンシュタインであるが、その哲学の中でも後期に提唱した哲学の中でプラグマティズムの傾向があることを本講義にて指摘している。

第三講義「プラグマティズムと今日の論争」
プラグマティズムの考え方と国家との関わり方について、今日でも激しい論争が続いているという。その論争はどのような内容で、どのように続いているのか、そのことについて取り上げている。

「プラグマティズム」の考え方はあるものの、その概念と歴史の変化はどのようなものなのか講義の形式で知ることができる一冊と言える。

スポーツアナウンサー――実況の真髄


アナウンサーと言ってもニュース専門の「ニュースキャスター」、さらには本書で取り上げる「スポーツアナウンサー」が挙げられる。直近ではリオデジャネイロのオリンピックもあれば、高校野球もある。それらのスポーツの中継放送で実況を行うのが本書で取り上げるアナウンサーの役割なのだが、その実況から見たスポーツとは何か、そしてスポーツアナウンサーの具体的な役割と背景はどこにあるのかを取り上げているのが本書である。

第1章「スポーツ実況と中継放送」
スポーツの実況は一つ一つの主だった動きを言葉で出し、動きによって声のトーンを変えるようなことも行っている。アクションをどのように表現し、視聴者へどのようにして伝えていけば良いかの役割を持っている。これはテレビでもラジオでも同じなのだが、特にラジオでは声でしか伝えることができないため、その傾向が顕著になる。その中で実況を務めるアナウンサーはどのように伝えていくのか、そのことについて取り上げている。

第2章「スポーツ実況のなりたち」
元々スポーツアナウンサー、もといスポーツ実況はいつ頃から生まれたのかというと、1937年、イギリス・ウィンブルドンのテニスの試合を2台のカメラを使って毎日30分放送したのが始まりとされた。日本ではいつ頃かというと1953年、テレビ放送がスタートしてからのことである。その時は野球監督が実演を加えながら放送をするスタイルであり、その後スポーツ中継が行われるようになった。その後プロレス中継や東京オリンピックなど様々なスポーツ実況が組まれ、スポーツアナウンサーがスポットライトを浴びるようにもなった。

第3章「実況席から見るスポーツ」
では実況席から見たスポーツはどのような世界なのか、それは時間や距離など競技によっても大きく異なってくる。そのことなってくる中で実況席ではどのように見えて、それでいて、視聴者らにどのようにして伝えていくのかを取り上げている。

第4章「実況放送のバックグラウンド」
実況一つでスポーツの魅力が変わってくるといっても過言ではない。その実況の中でも名言が生まれ、今日でも語り継がれるような名調子も存在する。その中の実況で出てくるものが「ストーリー」や「ドラマ」である。そのストーリーやドラマはどのようにしてできるのか、そのことについて取り上げている。

第5章「サッカー実況のしくみ」
最後はサッカーにスポットを当てて、サッカー実況はどのようにして行われていくのか、事前準備も含めて、実際の実況ではどのようにして伝えていくかそのことを取り上げている。

スポーツアナウンサーの中には名実況を行う人物も少なくない。その少なくない中でどのようにしてスポーツを視聴者たちに伝えていくのかを余すところなく伝えられている。そのことから知られざるスポーツアナウンサーの姿がここにあると言っても過言ではない。

勲章 知られざる素顔


勲章というと毎年4月・11月に発表され、メディアでも取り上げられる。内容としては「●●小受章」や「△△大綬章」というような形がある。今となってはこの名であったが、かつては「勲一等◆◆章」といった形だった。そもそも勲章はどのような歴史をたどっていったのか、そして現状はどうなのか、そのことについて取り上げている。

第1章「勲章誕生―薩摩藩の野心、幕府の焦燥」
元々日本に勲章という概念が生まれたのは明治維新が起こる前、江戸幕府の奉行が万国博覧会(パリ万博)に参加したことから始まった。その情報は薩摩藩に流れ、薩摩藩にて「薩摩琉球国勲章」なるものが生まれ贈呈していったことが始まる。

第2章「整えられる栄典制度―「大日本帝国」の下で」
明治維新が起こり、「大日本帝国」となり、近代的な国家体制が築いたのと同時に、勲章制度も整備されるようになった。しかし勲章制度自体は大日本帝国ができた以前から新政府によって「勲章従軍記章制定ノ件」が交付された。1875年のことである。この交付されたものが現在ある「旭日章」の原型である。

第3章「生存者叙勲の停止と復活―戦後の転機(1)」
生存者叙勲は今も行われているのだが、停止された時期があったという。その時期は大東亜戦争後の1946年の幣原喜重郎内閣による閣議決定だった。この時戦争の名残を払しょくする狙いがあったのだが、あくまで「一時停止」だったので、後に復活する可能性はあったのだが、野党の強い反対に伴い、復活したのは1964年までかかった。

第4章「相次ぐ批判、そして改革―戦後の転機(2)」
復活前後も野党をはじめ、戦争反対する論者、いわゆる革新勢力の強い反対・批判が存在した。もちろん右傾化というような部分もあるのだが、それはごくわずかで、最初にも述べた勲章の名前はかつて「勲一等◆◆章」といった等級形式で叙勲が行われた。この等級に関する差別による批判もあったという。

第5章「誰に、どの勲章を?―選考の過程」
叙勲は春と秋に叙勲する制度もあれば、逝去に際し叙勲となる「死亡叙勲」、そして外国人に対して叙勲を行う「外国人叙勲」などがある。また叙勲を行うにしても選考の基準が存在しており、その基準が新たに制定されたのは2003年のことである。政治家や実業家などが対象であるが、その叙勲を受けるにも「不適格」となるような方々が存在するという。その基準を取り上げているのが本章である。

第6章「国家との向き合い方―受勲者・拒否者たち」
勲章を受勲している方もいれば、受勲の資格を持ったにもかかわらず、それを拒否した方も存在する。もっと言うと叙勲を受けたが後に返上した方もいる。最後に該当する方として大蔵大臣の職を担い勲一等瑞宝章の叙勲を受け、A級戦犯で起訴され、敗戦の責任から返上した賀屋興宣がいる。拒否した人物として石橋正嗣や市川房枝などがいる。

第7章「売買される勲章―製造と現場と市場」
そもそも勲章を受ける際に叙勲を与える際の褒章・賜杯をつくるのにいくらかかるのか、本章ではそれらも含めた叙勲を行う際の費用そしてその費用の出処について取り上げている。

勲章制度がない国は皆無に等しいくらいないくらい、世界各国には存在する。日本もその例外に漏れないのだが、日本では勲章制度に関する批判は今もなお残っている。その勲章の形成された歴史、そしてそれが一時停止になった歴史、さらに叙勲者・叙勲辞退者から見る国家観・勲章観が見えてくる。本書はそれを示している一冊である。

ゆるく考えよう 人生を100倍ラクにする思考法


人は誰しも「考える」。しかしその考え方によって習慣や付き合い方が変わる。もっと言うと心や仕事にも変化を起こすことができる。その考える中で「ゆるさ」が必要になってくる。ゆるく考えることによってラクに生きる術、さらにはストレスフリーになることの良さについて書かれている。

1.「ラクに生きる」
本章のタイトルにある生き方はどうしたら良いか、退屈や諦めを主体にした生き方を提示している。もちろんラクに生きる考え方の中には世界の中の日本のとらえ方も取り上げている。

2.「「自分基準」で生きる」
本章では人生設計について先輩の意見を聞いたり、こだわったりすることについて、どのようにして考えていけば良いか、そして具体的な設計方法はどうしたら良いかを取り上げている。

3.「賢く自由に「お金」とつきあう」
お金との付き合い方は人生や習慣、考え方に帰着する。そのお金との付き合い方はどのようにしたら良いのか、維持費から販売、貯蓄や防災といった考え方に至るまで取り上げている。

4.「仕事をたしなみ、未来をつくる」
仕事を行う上で市場を理解することがどうしても必要になるのだが、その市場を理解し、選び、なおかつ仕事をしながら未来をつくっていくことが何よりも大切である。

5.「ストレスフリーで楽しく過ごす」
ストレスフリーで仕事をしたり、人生を送ったりすることは必要なことであるのだが、自分自身はこういったことがなかなかできないので、そういった方法がないのか知りたいところである。本章では性格やコミュニケーション、運命や結婚、旅に至るまでのことを取り上げている。

「ゆるく」生きたり、仕事をしたりすることを本書にて提唱しているが、なかなか難しい。そもそも生きづらい世の中である。全力投球を良しとし、毎日のように強要するような中で疲れがたまってしまい、肉体的・精神的に病んでしまう人も少なくない。そのような中でゆるく生きることは難しいものの少しずつでも実践していくことによって、負担は少しずつ軽くなっていく。

いとの森の家


福岡の団地で暮らしていた娘が父親のある「思い付き」で山々に囲まれた小さな村に住むようになったという。その住むところが「森の家」と呼ばれるところにあるのだが、その森の家の中では「おハルさん」と呼ばれる婆さんがいる。そのおハルさんは娘にとって特別な存在にまでなったのだが、その中で出会っていく「生」と「死」を描いている。

元々は一般書にて書かれたのだが、後に児童書にもなり、やがてドラマ化された一冊であったという。

その「おハルさん」との出会い、そしておハルさんを通じて様々な人と出会い、優しさに触れたことによって娘はどのように変わっていったのかを描いている。ちなみに本書は小説のように書かれているのだが、おハルさん自体はかつて実在していた人物であったという。つまり半分ノンフィクションの要素がある一冊である。

駅をデザインする


駅で移動するときに様々な駅に行きつくのだが、主要な駅の中にはデザインが施されているところも存在している。そのデザインは何を意味しており、なおかつどのように役立てられているのか、本書はそのことについて取り上げている。

第1章「駅デザインとは何か」
そもそも「駅デザイン」とはいったいどのようなものなのか、駅の案内などをわかりやすく表示する、あるいは駅の乗り換えや途中での買い物がしやすいような駅にすることを目的としたデザインのことを指す。もちろん本書でも「案内」や「空間」と言ったものもあり、用途も考え方もそれぞれである。しかし共通しているのは「イメージ」を良くすることそのものにある。

第2章「案内デザイン」
路線によって、もっと言うと駅によって案内のデザインは異なってくる。そもそも案内デザインはどのようにして決まっていくのか、本書では東京メトロ、そしてその前身である営団地下鉄をはじめとした私鉄、さらには首都圏のJRを事例にして取り上げている。

第3章「空間構成」
駅、及び駅構内の空間構成もまた駅デザインの一つである。本章で取り上げている駅は首都圏に限らず、東北・九州など全国津々浦々の駅の中から「空間」にこだわった駅がある。

第4章「海外の駅デザイン」
駅デザインは日本に限らず、イギリス・フランス・アメリカなどの先進国の主要都市に手積極的に取り入れられている。本章でもロンドン・パリ・ワシントン・台北・北京などの駅を事例に出している。

第5章「日本の駅デザイン」
日本でも駅デザインが施されている。そのデザインによって便利になるはずが、かえって不便をもたらしてしまう例も少なくない。本章ではその典型的な例としてJR新宿駅や東急東横線渋谷駅などが挙げられている。

第6章「これからの駅デザイン」
これから駅デザインはどうあるべきか、もちろん利用者の利便性も必要になれば、空間の美しさを楽しめるようにするなど、様々な試行錯誤や課題が存在する。そのうえでの「これから」を本章では提言している。

私自身も仕事で電車に乗ることはたくさんあるのだが、いろいろと駅を見ると駅それぞれのこだわりがあるように見える。そのこだわりの中には本書で取り上げた「駅デザイン」があるのだが、その意味と役割を知ることのできる一冊と言える。

みんなバーに帰る


私自身バーには1人でいったことがないのだが、私の住まいの近くにはバーはいくつかあるので、時間とお金があった時に行ってみようとも考えている。その理由としては酒を楽しむのみならず、隣り合わせの人々との語り合いもある。そのことからバーにはほかでは味わえない「出会い」が存在するため、その好奇心からバーに行ってみたいと思っている。

私事の話はここまでにしておいて、本書の話に移る。とある町はずれのバーにやってくる人々を取り上げているのだが、その人々はありとあらゆる種類の「ダメダメ」な部分があるという。

しかしそのダメダメな人々が交わっていくことにより、客もそうだが、店員たちにも様々な変化を起こしていく。しかしその変化はさらなる転落を引き起こすことになってしまうのだが、その中には人間らしい「業」と「愛情」が見え隠れする。そう考えると人間模様が映える一冊のように見えて、切なさも垣間見える一冊である。